ブログ

山梨県の歌 甲府市の歌 山梨いいじゃん音頭

山梨県の歌

1 光すがしい 朝風に  めぐる山なみ 色映えて
  のぞみあふれる 山梨に  のびゆく明日の よろこびを
  心あかるく 語ろうよ
2 富士も清らな 湖に  実るぶどうの 野は晴れて
  恵み豊かな 山梨に  文化をおこす 楽しさを
  共にたたえて 進もうよ

3 夕べまどいの ともし火に  力あらたに 湧き出でて
  ゆくて輝く 山梨に  手をとり生きる し合わせに
  胸のそこから 歌おうよ

甲府市の歌

1 さわやかに 山なみあけて  日に映える 甲府盆地よ
  朝朝に 富士をあおげば  胸はもえ 力みなぎる
  甲府市は 希望よぶ町   希望よぶ町
2 武田菱 かがやく歴史  しのびつつ はげむあけくれ
  町町に 光あふれて  咲きかおる 文化ゆたかに
  甲府市は 夢をよぶ町   夢をよぶ町   

3 虹わたる ぶどうの丘に  ほのぼのと かすむ湯煙
  窓窓に 笑顔あかるく  もりあがる 県都われらの
  甲府市は あすをよぶ町  明日をよぶ町

 

山梨いいじゃん音頭   作詞:望月吾郎作曲:望月吾郎

昔 武田の 信玄さまは ほうとう肴に 酒をのむ
今じゃ「鳥もつ」 日本一だね どちらも味なら 天下一
山梨いいじゃん たおれてくるじゃん はんでめためた ごっちょでごいす

富士のお山と 五つの湖(うみ)は 日本のほまれ 世界の遺産
八ヶ岳(やつ)のふもとの 高原ホテル 恋が芽生えて 星が降る
山梨いいじゃん たおれてくるじゃん はんでめためた ごっちょでごいす

文化芸術 ミレーの館 小瀬(こせ)で輝く ヴァンフォーレ
富士川沿いには 身延線 日蓮さまが 呼んでます
山梨いいじゃん たおれてくるじゃん はんでめためた ごっちょでごいす

果実の王国 ぶどうに桃と 光まばゆい 宝石の街
夢のリニアに 乗るその日まで ワインかたむけ 長生きしよう
山梨いいじゃん たおれてくるじゃん はんでめためた ごっちょでごいす

天にそびえる 甲府の城と 都心を結ぶ 中央線
未来の架け橋 甲府の駅は世界に伸びる 虹の橋
山梨いいじゃん たおれてくるじゃん はんでめためた ごっちょでごいす

0 コメント

読む・聴く・見る

今年は掲示板を見て皆様の読書熱に影響されて、柄にもなく、読む・聴く(朗読)・見る(ドラマ)の三拍子?に挑戦中です。

①逢坂剛作 「アルガデアの赤い星」96回直木賞受章作品 大活字版で4分冊の長編でした。物語はスペインに詳しい著者がにスペインと日本をまたに、サスペンス、冒険小説、恋愛小説、本格ミステリ、といった4つの異なるジャンル、その境界線上を自在に越境してみせる読み応えのある傑作でした。

②警察ものの多い作家 今野敏作「確証」 窃盗犯係のベテラン刑事が捜査一課の鼻につくエリート意識に対抗、美人の若い女刑事とコンビを組んで,指紋認証を解き明かし、強盗事件の解決に立ち向かう、肩の凝らなく楽しく読めました。

NHKラジオ土曜朝8時5分からの「ラジオ文芸館」朗読を7話聞いた(録音して)。

山本文緒著 「彼女の冷蔵庫 骨粗鬆症」 海老沢泰久著 「小田原まで」山本周五郎著 「藪の陰」 明川哲也著 「花丼」 杉本苑子 「北野大茶湯余録」 林浩美著 「蛍の熱」 吉村昭著 「梅の蕾」など

 

梅の蕾は、岩手県三陸海岸のある過疎の村その村へ、千葉県の癌センターに勤務する堂前医師が家族でやって来た。夫人は野草を摘むのが趣味で、村人と親しみ、よく一緒に山に入った。
しかし、その夫人は白血病に侵されていた。余命の長くないことを知る堂前は、妻が命を燃やす最良の環境としてこの村を選び、一家でやって来たのだった。夫人は村での暮らしを楽しみ、十分に生きた。彼女は村人に梅の苗木を贈り、村人は喜んでその苗木を庭に植えた。その夫人が亡くなり、実家のある湘南の町で葬儀が行われた・」・・・・・

 

泣かせる話でした。いずれもNHKのアナウンサーが選び朗読しているえりすぐりの短編小説で感動ものでした。

 

「アナウンサーの味わいのある朗読と効果的な音響で構成する40分。短編小説ならではの巧みなプロットや一つひとつ吟味された表現、鋭い切り口で社会や人間の深層を描き出す物語の魅力を、ぜひ、耳から味わってください。お聴きになった皆さまにとって、人生の味わいが深まり、元気が出てきたり、家族のありようや自らの人生を見つめ直す契機となるような番組となることを願っています。若手からベテランまで幅広い年代のアナウンサーが個性を生かして「朝の番組にふさわしい作品を選び、朗読します。」(NHKHPより)

 

3月2日は 浅田治郎著 「夕映天使」 3月9日は 川上浩美著 「花野」放送予定です。

 

1月にブログに書きました 百田尚樹著「海賊と呼ばれた男」 これも朗読(NHK46時間)

 未だ図書館から借りれません。人気があるようです。

 

⑤池井戸潤著 「下町ロケット」第145回直木賞受章作品 これは、ロケット打ち上げに失敗した佃航平が

 親父の町工場を引き継ぎ大企業と対決する職人集団との戦いの物語です。最後には重要部品納入業者としてロケット

 打ち上げに成功し夢を叶えた物語です。

 

NHKがテレビ60周年記念ドラマとして33時間45分に亘り放送したものをビデオでみました。

 現在の日本の電気業界の窮状と中国の新鋭企業との葛藤ドラマ、それも首にした男が中国企業に拾われ

 旧同僚との戦い・・・・終わりは 日本企業沈没の瀬戸際の今、いまいちでしたが痛しかないでしょう。

   再放送もあるでしょう?

 

④・⑤・⑥と企業戦士として我々の生きてきた道そのもの、縮図と思って、読む・聴く・見ました。

 特に⑥は家電業界に身を置いたものとして痛切に感じ日本の将来を憂うものです。

 

⑦そして、当山紫会のHP、大柴君の小説からごりせん君の「甲州食物

 噺」奥山君の博学のお披露目(本人は与太噺しと言っていますが、

 なかなかのものです)

 中村房江さんのエッセイ その他掲示板に掲載されたもの

読書家にはなれそうもありませんが楽しく読ませてもらっています。

                                           完

0 コメント

海賊と呼ばれた男 百田尚樹著 朗読を聞いて

この正月もテレビ番組は山梨学院大学が出ていた、箱根駅伝以外ほとんど見なかった。駅伝は若さと、元気を蘇らせるに十分であった。

しかし、それ以上の感動を受けた番組があった。それはNHKラジオ第2で4夜計6時間、橋爪功 朗読で放送された小説「海賊とよばれた男」(百田尚樹著)であった。自分はもともと読書好きではないし、最近視力も落ち読書には遠のいている。その代わりラジオで朗読や落語などを聞いている。

そんななか、今評判の「海賊とよばれた男」(百田尚樹著)が放送されたのだった。

上下2巻の小説なので全部朗読されたわけではなく、第3章中心のダイジェスト版に近いものであったと思うが、その分中身の濃い部分が抽出されていたと思う。

戦後の成長を支えてきたのは自分(田中)たちだとの多少の自負もあったが、戦後の経済界のアメリカ・イギリスとの戦いを生き抜いたこの男は凄い。本で読んでみようと早速図書館に予約を入れてた。じっくり読んでみたいと思う。皆さんにもおすすめします。そして感想を掲示板でお寄せ下さい。

その感激を私には表現できないので、ネットの書評の中から下記を転記してみた。。

 

以下どなたかのブログより転記させていただきました。

 

いやはや、なんという激しい人生だろう。こんな人物が居たとは迂闊にも知らなかった。
 マイカテゴリーとしては「小説」のカテに入れたが、ノンフィクションノベルである。出光興産の創業者・出光佐三(文中ではこの本名でなく「国岡鐡造」という仮名を使っている)の凄まじい苦闘の生涯を描いている。他の登場人物も仮名のようなので、ノンフィクションではなく、あくまでも〈事実を元に脚色構成した小説〉である、ということなのだろう。つまり、あらかた事実で構成されているとはいえ、歴史小説のように作者の解釈・推測による創作部分(特に会話シーン)が相当大きいウェイトを占める、ということではないか?しかし、読んでいるときは、その迫真力によって、まさに事実そのもののドキュメントという感じで読み進めた。そして、涙腺刺激度が非常に強い。何度も目頭が熱くなった。この辺の作者のテクニックは絶妙に上手。

 若い頃から順番に時系列で語るのでなく、いきなり終戦から始まって第一章「朱夏」(昭和20〜22年)で、会社の資産をすべて失った後の、それでも馘首は一切せず、ラジオ修理などでしのぎ、海軍の残した石油タンクの底にわずかに残った泥水混じりの石油の汲み出し作業という過酷な労役に従事し、公職追放を撤回させ、第二章「青春」(明治18〜昭和20年)で少年時代に戻り、進学後石油という商品の将来性に注目し、鈴木商店を蹴って田舎の零細小売店に就職して丁稚奉公をし、すぐに独立して石油の小売業を始め、海上に漕ぎ出して軽油を売るという奇手で旋風を巻き起こす。国内の規制の強さに海外市場に活路を求め満州に進出し、新調合の蒸気機関車用潤滑油で外国石油に勝ち売り込みに成功。と戦前の苦労は多くても順調な発展が描かれる。驚くべきはその社風。生産者と消費者を直接つなぎ、社員は家族という人間尊重の理念のもと、クビなし、定年なし、出勤簿もタイムカードもなし、労働組合なし、という常識外の人事制度。社員の優秀さ勤勉さの異様なまでの高さ。やがて石油禁輸が起こり戦争へ、店員の海外派遣での活躍。そして敗戦ですべてを失って再出発。
 下巻の第三章「白秋」(昭和22〜28年)で、石油業に再登場し、GHQの干渉と戦い、自前のタンカーという武器を得、直輸入でさらに発展する。石油メジャーとの対決。石油国有化騒動で窮地に陥ったイランからの石油搬送という難事業に挑み見事成功する。この過程の交渉や事務的な仕事の困難さも詳述してまさにリアルな描写が続く。この小説の白眉だ。第四章「玄冬」(昭和28〜49年)でもまだ戦いは続き、ガルフ石油との対等提携、石油精製工場の建設、シー・バース方式の採用、石油連盟との闘争。オイルショック。息も継がせぬ戦いの連続だ。なんという闘魂とタフネス!
 青春・朱夏・白秋・玄冬という普通の人生の四区分を章立てにしているが、この人にこの区分は似合わないと思う。生涯終わりまでずーっと朱夏が続いている!いやもうこれは青春と言ったほうがいいのかも。

 業界の悪しき慣例という空気に逆らい、外国石油資本の横暴に屈せず、毅然とした態度で筋を通し妥協せず、単に私企業の利益追求でなく日本国家のために尽くすという真摯な姿勢が、銀行家や官僚さらには外国人にまで多くの心酔者を得る。
 90歳を超えた高齢にしてなお勉強を続けたというその活力には参った!というしかない。全く凄い人物が居たものだ。

 今や「オイルピーク」の時代を迎え、石油枯渇が現実化しつつあるこの頃合いに、石油全盛期を使命感を持って担った人物の伝記を読むというのは、単に偉人伝として位置づけるだけでは済まない。鐡造は満足して幸福な生涯を終えたが、石油にジャブジャブ浸かりきったライフスタイルに対する反省的な部分が皆無なわけではない。

0 コメント

大柴晏清君の事

大柴晏清君のこと

  会員作品集に大柴君の小説が多く載るようになりましたが彼のことを少し書いてみました。

 

彼とは小学校入学当時から65年もの長い親友である。

大柴君の高校時代から現在までの「生きざま」(こんな言葉はないかもしれない)は皆さんご承知のとおりです。(文学部・バスケットボール・銀座こつるぎ寿司・小説家・×××)現在も作家への道を進んでいる姿はなんとも言いようのない、敬服の一語につきます。

そんな彼との思い出を・・

甲府空襲で家を失った人のために復興住宅が甲府二高の運動場(現在の県民文化ホール・旧西青沼町)に建てられ、そこで知り合ったのがことの始まりでした。(同級生の備中君もいました。(穴切・西中・一高では同じクラスになったことはなかったです)

彼の小説の中に私の知っている何人もの固有名詞が出てきますが、私らしき人物の登場はありません。私などは小説の題材になっても可笑しくないくらい話題や、問題児だったのですが、友人の情けか、私に関連した小説を送ってこないのか分かりませんが・・・・

君が代も歌えない音痴、運動はできない、虚弱児童と来ており、いじめの対象者でした。いつもかばってくれたのが大柴君でした。彼のお母さんにも可愛がって頂きました。現在掲載してあります、「甲府駅」「丑三つ時」に登場する母親です。

また、彼が最盛期の頃(昭和63年頃)、私が知的障害者施設の施設長の任にあった時、わざわざ東京から韮崎市穴山まで新鮮なネタ持参で、「東京銀座の一流のすし」をと慰問に来てくれた時は感謝感激でした。

今回ホームページに、彼の小説の投稿を依頼したところ快く引き受けてくれ、多数掲載に至ったている次第です。

そして、大柴君は、何でも、中島敦の(山月記)とか、梶井基次郎(檸檬)、島木健作(赤蛙)志賀直哉(小僧の神様)、林芙美子(晩菊)、芥川龍之介(蜜柑)のような短編作品が好きなようです。そして、大先輩、中村星湖先生の最後の弟子として、意地でもと云う気持ちで、そういう掌編を創りだしたいらしいです。「命ある限り、頑張る!・・・・」と言っているので陰ならず応援したいです。

 

投稿に対して会員皆様から掲示板でコメントを頂いておりますが、本人曰く「読んでいただけて有難いです、書く事に専念し掲示板等へお礼や投稿は遠慮します」とのことです。ご理解下さい。これからも、投稿がいただけると思いますが、ご愛読とコメントをお願いいたします。

1 コメント

衆議院議員選挙

衆議院の選挙結果はマスコミ報道の通り自公民の圧勝ですが、山梨県下は熾烈な戦いでした。私の3区(甲斐市を含む小淵沢から南部まで)では後藤(民主)氏と中谷(自民・元自衛官36歳・新人)との差が172票と僅差・それに我が息子の同級生の中島氏(みんな・45歳新人)も健闘し比例で当選、結果的には3名が当選し、お互いに良かった良かったでした。これは本当の熾烈な戦いでした。

1区は(甲府中心)33歳の新人 宮川典子さんが初当選、環境大臣まで務めた小沢氏が民主を離党・民主党幹事長の輿石東氏に刺客を送られ、刺客の斉藤氏と共食いで惨敗(維新の比例で単独1位で復活)

2区は(笛吹市から郡内地方)自民党内怨念の戦いで無所属の長崎氏(自民党の公認が得られなかった)が小林中の孫娘・元代議士堀内光雄の息子の嫁・47歳新人の堀内詔子氏に7000票の差で快勝、堀内詔子氏も比例で当選。怨念は続く?

今回の選挙で山梨県内で7名の代議士が誕生しました。参議院が別に2名おります。

自民党 3名(今まで0) 宮川典子 なかたに真一 堀内詔子

民主党 2名 後藤斎 輿石東    維新の会 1名 小沢鋭仁

みんなの党1名 中島克仁 無所属 2名 米長晴信氏・長崎幸太郎

 

特に元気のない山梨県で9名もの代議士がおれば景気回復・消費税・TPP・雇用問題等、何とか期待したいものです。

次回から山梨県は0増5減により地方区は2議席なります。代議士の数も減ります。最後のチャンスです。県民の期待に応えて下さい。

 

 国防軍、気になる言葉ですが、領土問題・空や海からの領空・領海侵犯どう対処するか超党派で最善の策を期待するのみです。

 

「老兵は消え去るのみ」でなく確り見守り、行動するときは行動しましょう。

1 コメント

ミニバスツアー 海岸寺から・鼓・尺八コンサート

(海岸寺・おいしい学校・奥村貞弘小品展・竹の造形美術館冬ごもりコンサート)

今日、小雪舞い散る(多少でしたがね)北杜市の海岸寺にミニバスツアーに行ってまいりました。参加者は植原会長ご夫妻・雨宮・山本・伊東・三神・渡辺礼子・それに私の8名でした。

北杜市の津金にある海岸寺は行基菩薩が1300年も前に庵を構えられたのが始まりといわれており天平9年(737年)には聖武天皇より「光明殿」の勅額を賜った由緒あるお寺です。

海岸寺は 西国三十三観音、坂東三十三観音、秩父三十四観音の合計100体の観音様を一同に見ることができる素晴らしいお寺です。奥に有る観音堂は立川流の立川和四郎富昌、100体の観音様の石仏は諏訪の名工守谷貞治の手になるものです。特に観音堂の彫刻、特に「アワとうずら」の彫り物は秀逸です。観光目的に開放しておらず素朴そのもでした。

次は「おいしい学校」です。明治・大正・昭和の三代校舎の津金学校、今は廃校となりましたが、商魂逞しく、それを売り物に観光客を集めて盛況でした。津金学校(大正)には平成に入り太鼓楼が復元され、根津ピアノが置いて有りました(鉄道王根津嘉一郎が山梨県下の小学校に100台寄贈した)。昔の昭和40年代の学校給食を提供する食堂がありました。我々は評判のパスタ料理を食してきました。お土産に昨日TV放映されました蜜入のりんごを買い求めました。

次は本日の目的地保坂紀夫君の竹の造形美術館です。不老園の奥村貞弘君の小品展が開かれておりこれを鑑賞。個人的に見えた、長坂・矢崎・村上・竹内富子さんが合流して保坂・奥村君を加え総勢14名。

そして竹の造形美術館冬ごもりコンサートをワインやケーキを頂きながら聴きました。

 鼓・尺八・ピアノのコラボ演奏会でした。初めてですので感動し、尺八をあんなに長時間く吹く事。先日雨宮君のハーモニカ演奏にも感心しましたが同じ位感動しました。

鼓の奏者は我が植原会長の娘さんで、鼓は湿気に影響され、鼓に息を吹きかけながらの演奏、非常に難しいものだと説明があり、太鼓のような物と思っておりました小生には初耳でした。

ピアノ奏者の前田栄子さんは多方面で活躍されておる方でした。

晩秋の紅葉の残る山付きを迂回しながら楽しかった一日が終わりました。。

明日は矢崎さくらさんのコンサート又楽しみです。

0 コメント

ロンドン蒲鉾氏来甲 エスペラント例会 2日目 11月3日

写真はクリックすると拡大します

山梨エスペラント会の特別例会に出席すべく、12時半に蒲鉾氏を迎えに行き、甲府市朝気のピア総合の会場に到着。山梨エスペラント会とは、県内でエスペラント語の普及活動に携わって人たちの集まりです。今回山紫会のホームページを通じて、久保島はる子さんがエスペラント語を習っていること知った、エスペランチストである蒲鉾氏が、ぜひ山梨のエスペランチストに会いたいとのことで特別例会の開催に出席と相成った次第です。

山梨エスペラント会の会長さんは元県立中央病院の整形外科医をなされておられた、工藤尚先生でした。同じ医師でかつ同年齢(77歳)もあって始めから、良い雰囲気でした。

各自自己紹介のあと、我がHPに送って頂いた写真や、ハワイの産婦人科学会での発表内容等を話され盛会に終了しました。山紫会からは三神君・久保島・田中の3名が出席。

そのあと、蒲鉾氏、工藤会長と、長坂与一夫婦・久保島・三神・田中の7名で会食して親交を深め、姪ごさんのお宅に送りまして2日間の来甲は終わりました。

蒲鉾氏からは、楽しく有意義な2日間だったと、ご丁重なご挨拶を頂き、山紫会の皆様もロンドンにお出かけ下さいとのお言葉を頂きました。

続きを読む 0 コメント

ロンドン蒲鉾氏来甲 1日目 竹の美術館

田中・保坂・奥村・蒲鉾氏 
田中・保坂・奥村・蒲鉾氏 

いつもロンドンより投稿を頂いております同級生藤田信子(旧姓保坂)さんのご主人蒲鉾氏がハワイでの学会(産婦人科)の帰り来甲されました。目的はご親類のご訪問でありますが、なぜ、小生とお会いするようになったといいますと。

YBS開局記念記念特別番組「時空の旅人」ボロ電が運んだ時代のビデオを取りに来たのですが、それから派生して、保坂紀夫君の竹の造形美術館の見学と保坂君に会うこととエスペラント語の山梨例会に出席することです。(久保島はる子さん会員)

なぜ、わざわざビデオを取りに来たかと言うと、メールのやりとりのなかで藤田信子さんは6年間(甲府西中・一高)ボロ電で通学(増穂から)していて懐かしいので見てみたいとのご希望でした。

郵送する方法もあったのですが、英国では治安上小包等の郵送は管理が厳しく面倒とのことで甲府へ行くのでその時渡して欲しいとの約束がしてありました。 

そして、今日来甲されたのであります。昨夜ハワイから帰国の疲れも・時差ボケもなく、竜王駅に77歳とはとても見えない元気溌剌のお姿で降り立ったのです。英国式の抱擁ぽい挨拶の後、開口一番綺麗な駅ですね。と、早速、世界的建築家「安藤忠雄」の設計により4年前に完成した旨を説明、総工費100億円財政圧迫の要因などとは説明しませんでしだがね。

今日の天気は日本海側は大荒れのようですが甲府盆地は快晴に恵まれ吹く風が爽やか気持ちいいと盛んに仰っておられました。行く先は八ヶ岳の麓保坂紀夫君の美術館です。先月保坂君がイギリスに行った際会えなかったので今日の訪問となったものです。

中央道から見える八ヶ岳の勇姿に感激されておりました。

そして到着、出迎えてくれたのは保坂君と明日から小作品展を開く奥村貞弘君でした。

早速4人で記念撮影。奥村君の絵画鑑賞と保坂君の作品を熱心に説明を聞きながら写真に収めておられました。関心の一番はあの、あれだけの数の作品を手で作られたことのようです。

後日蒲鉾氏より感想が寄せられると思います。

帰りの中央道からは富士山が素晴らしく夕日に映え車中より写真を撮り続けておられました。1日目終わり

 

0 コメント

敬老福祉大会

今日は甲斐市の敬老福祉大会で帰ってきたところです。

体育館に1200名からのお年寄りを集めて、すべて、手作りで、(芸能人等は呼ばない)幼稚園児の鼓笛隊・小学生合唱・甲斐市消防団のラッパ隊・乳児からお年寄りまでのみゆき連(阿波おどり)・文化協会のダンス・踊り等等と楽しんできました。
最後の写真の「長崎は今日も雨だった」の歌は実際にじょうろで水をまき、それを拭いているエプロン姿のお方は、我が甲斐市長であります。また、挨拶ではサクラにイエローカード(話が長い)やレッドカード(やめろ)を持たせ話を短くしたり、演出も鮮やかでした。
今日半日楽しかったですよ。

72歳 主催する側から招待される側に席をうつしての観覧で、いくら若いつもりでいても年寄りですね。何事も自重しなくてはと思う今日でした。、

 

写真は拡大すれば大きくなりますがスマホで遠くから撮影したので画像は最悪ですが雰囲気を感じて下さい。

0 コメント

蛇笏忌

無知とは恐ろしいものですね。

蛇笏忌が季語なんて、俳句にも流派らしきものがあるなんて知りませんでした。

俳句などにあまり関心がなかったのですが土屋初海さんのお母さん窪田玲女さんが飯田蛇笏氏の高弟で、サンニチ新聞に3回に亘り蛇笏の回想記事が載ってから、多少関心を持って新聞などを眺めています。(読んでいるわけではありません)

今日は50回目の蛇笏忌だそうです。

窪田玲女さん。枕元で師の手を握り看とって50年、思い出尽きることはないでしょう。

山梨県立文学館では
歿後50年 飯田蛇笏展 くろがねの秋の風鈴鳴りにけり
2012
929()1125()が行われています。

暇にまかせて覗いてみました。

1.驚いたことに筆の達筆なこと。素晴らしいものでした。

2.窪田玲女さんを山廬から送った時の句でしょう

       「ゆきに辞す人に手燭をこころより」 光景が見えます。

3・句を作る姿勢が立派です。「俳句道を行く」より

 「我々の俳句は、皆粒々辛苦の、正しい人間生活から流れ出る結晶であり、

 指先からほとばしり出る血汐そのものでなければならぬ」  

   何事にも通ずる座右の銘にしたい言葉背すね。

 また今日のサンニチ新聞には今、旬(ネットに書いてありました)の俳人といわれている、櫂未智子(かいみちこ)さんの寄稿文が載っています。

文中には有りませんが下記 3句 彼女の句だそうです・川柳見たいですね。

  ぎりぎりの裸でゐる時も貴族

  春は曙そろそろ帰つてくれないか

  いきいきと死んでゐるなり水中花     櫂未知子

蛇笏の代表作

  芋の露連山影を正しうす

  くろがねの秋の風鈴なりにけり

  誰彼もあらず一天自尊の秋

この二人の句を見ると流派・時代の変遷があるんだなと思います。

山紫会会員の中に房江さんはじめ多くの皆さんが俳句を作っている中

無知な素人が出しゃばりました。

恥の上塗り一句?

  蛇笏忌 アララギホトトギス 間違えた

0 コメント

秋 本番

台風被害御座いませんでしたか。お見舞い申し上げます。

 

秋來る健兒の胸に 強き意氣宇宙も空し

 

半世紀も前に歌った応援歌「鶴城に」の2番の出だしである。・

あの時の健兒、いまも健在なりである。

先般の一高同窓会のゴルフ大会で望月君はグロス76・その前の堀田ふつみ君の投稿でもセントアンドリュズで94、この夏猛暑の中カートなしで大洗でバックから3君は(堀田・多田・松土)100そこそこ、元気はつらつであります。

女性群も噂によりますと辰巳会のコンペにベンツで颯爽と乗り付け素敵に帰られる、セレブな御方様もいらっしゃるとか。又別の元校長さんは初めてこの春、参加されたとか。それまではスキーで鳴らしていたようです。

元気のもとは強き意氣でしょうね。

皆さんスポーツの秋で「青春を謳歌」しましょう。

 

秋と言えば食欲の秋ですが、食べ過ぎは禁物です。

ですが、旬のものは食べたいですね。

なんと云っても新米です。武川産の48米は特上ですね。もう販売されています。

次は里芋です。甲斐市の八幡芋は有名ですね。この辺(甲府)での芋煮会は八幡芋が重宝されます。独特のぬめりは胃腸を守る働きがあるとか云われています。

次は真鯖・青蜜柑ですね。残念ながら山梨県では獲(採る)れませんがね。味わいたい一品です。

今、県内は葡萄の最盛期です。観光農園・送り葡萄と関係者は大忙しのようですが、葡萄はなんといっても「甲州葡萄」ですよね。子供のころから慣れ親しんだあの味・県外の人は種を出して食べるそうですので、種なし葡萄に人気があるのですね。昨日勝沼まで行ったのですが、まだ10日ほど早いようで味あわずに帰ってきました。葡萄と言えば我が山紫会会長が自他ともに、葡萄の専門家です。今度、「蘊蓄(うんちく)」を投稿をお願いしたいです。

 

芸術の秋ですね。 

雨宮君の投稿にもありますが、奥村君・保坂君の美術館での展示会・

定例になりつつある、矢崎さくらさんのピアノ、この10日にはブリジストン美術館で、島田君の話とドビッシーの絵画鑑賞会、等盛り沢山です。

御約束の雨宮君のハーモニカもこの秋聴けそうですよ。後日、本人発表、乞うご期待と云ったところです。

山川君・数野君・漫画家の彼等芸術家が多い学年です。(他にも漏れていて御免なさい)

 

秋雑感でした。

 

 

0 コメント

運動会

写真はクリックすると拡大します

昨日、孫(小6と小4ともに男)の運動会が秋晴れのもと行われた。

双葉東小学校で総勢669名の甲斐市では一番生徒数の多い小学校であります。

私の卒業した小学校は甲府市の穴切小学校と言い、一学年5クラス55名総勢1500名に比べれば半分以下の生徒数。そうは言っても我が母校は少子化とドーナツ化現象によって、いまは統合され廃校となっています。その分郊外の学校の生徒数が増加しています。

今での運動会は運営を生徒が主体でそれは素晴らしい出来栄えで有った。

運動会の花・全員が走るリレー・組立体操・騎馬戦・大玉ボール・花笠音頭等

芝生の上での大運動会でありました。

石井君のブロブではないが、爺は楽しかったし、孫の成長を見ましたが、腰が痛くなったり日に焼けたでござった。写真を掲載しますが馬鹿チョンカメラでは望遠も満足でなくご勘弁下さい。

雰囲気だけ味わって下さい。

 

1 コメント

矢崎裕二君からのメール

矢崎裕二君からのメール ご本人の了解を得てここに掲示します。
 
山紫会の掲示板にイルミナートのコンサートの件を載せていただいた
おかげで、少なくとも5人の方のご来聴を得ることができました。
あらためて掲示板の威力を認識いたしました。
掲示板は親馬鹿の思惑で利用させていただくばかりではなく、いつも
本当に楽しみながら覗いています。ここに投稿される皆さんはいずれも
溌剌として人生を有意義に楽しんでおられますね。その様子を見ては
こちらも元気のおすそ分けをいただいています。管理人さんもまだ
ボランテイアとしてご活躍の由、心身共にいささかも衰えの見えない
元気ぶり、辻 一幸さんは9期目の町長に打って出られるとのこと、
浦島ご夫妻はロンドンで現役としてご活躍中とのこと、まだまだ意欲に
満ちた山紫会員の姿を見ると嬉しくなります。こちらは無粋、無芸大食
のヤーペンで、親馬鹿、爺馬鹿の他には能もありません。12月1日の
コットンクラブでの娘のコンサートの件、詳しいことが決まりましたら
また掲示板に載せさせていただきます。
早速一言お礼を申し上げました。
0 コメント

山梨アーカイブ 昭和35年 天野親子知事

昨9月21日の夕方6時10分からのNHKニュースの中に金曜山梨アーカイブと言う番組があり、その番踏みの中で昭和35年山梨県民会館が出来、竣工式の模様を放映しておりました。その主役は天野久山梨県知事、4期16年の県政の施策の中の一環で建設したものです。8階には展望レストランや結婚式場もありました。その隣には今は取り壊されていますが大ホールがあり、歌謡ショーなど行なわれ、今の県民文化ホールが出来るまで、主要な文化拠点となっておりました。

私が就職した家電の系列店で毎年ザ・ピーナツや坂本九等を招いて招待歌謡ショーを行なった思いでのホールでした。つい2年前までは私が所属しております山梨県行政書士会の事務所も此処にありましたし、今でも、8階の建設業対策室には仕事で訪れます。

新笹子トンネルや富士スバルラインを建設したのも、天野久氏でした。それから24年後その息子さんの天野建氏が知事に当選し、親子2代で県政運営をしました。親子といっても久氏は今で言うメタボの象徴的でバイタリテーむき出しの人であり、建氏はおとなしそうなスマートな人でしたね。

金曜日放送の山梨アーカイブ興味深く懐かしく見ております。

 

蛇足ですが、天野久氏は田辺七六経営する田辺酒造で酒造りを学び笹一酒造を設立し甲州戦争と言われる政争の火種となり、5選目は田辺七六の息子田辺国男氏に敗れましたが、天野建氏が小沢澄夫氏と争った知事選挙では田辺国男氏は天野建を押し天野親子の知事誕生に貢献しました。 

言葉 間違えていません

20日公表の文化庁の国語世論調査よりますと

 

中途半端でないことを示す「ハンパない」

正反対を「真逆」(まぎゃく)

    ともに16歳~19歳では60%以上も使うそうですが

    60歳以上でも7%が使うそうです。

    嘆かわしい と思うのですが、皆さんどう思いますか。

 

以下の 慣用語・言葉の意味分かります。どちらが辞書・辞典に載っていますか。

  これは間違った使い方していますね。

   漢字は、全然書けなくなりました。パソコンが原因・歳?

 

にえゆを飲まされる

   信頼していた者から裏切られる。

   敵からひどい目に遭わされる。

うがった見方をする

   物事の本質を捉えた見方をする。

   疑って掛かるような見方をする。

にやける   例文 彼はいつもにやけている

   なよなよとしている。

   薄笑いを浮かべている。

割愛する   例文 説明を割愛した。

   惜しいと思うものを手放す。

   不必要なものを切り捨てる。

失笑する    例文 彼の行為を見て失笑した。

   こらえ切れずに吹き出して笑う。

   笑いも出ないくらいあきれる。

「本心でない上辺べだけの巧みな言葉」を

    舌先三寸

    口先三寸

「何かを食べたくなる 転じて ある事をしてみようという気になる」ことを

    食指が動く

    食指をそそられる

 

以上ですが、如何でしたか。

正解?は上段が正しいようですが、今後、どちらも正解なんてなりかねませんね。

1 コメント

霧ケ峰高原&富士見高原ゆりの里

7月は東京へ2回とゴルフに2回。仕事も多少忙しかったため、花の時期を逸したたのですが、それでもと思い、昨日霧ケ峰高原のニッコウキスゲを見に行ってまいりました。

案の定、既に遅し、皆目影すら見当たりませんでした。聞くところによりますと、時期も遅いのですが、鹿が皆んな食べてしまうんだそうです。ある場所では電流を流す有刺鉄線が張り巡らされておりました。

そこで方向転換・もう50年も前、同期生のIT君と歩いた、天然記念物の七島八島湿原に行きました。そこは昔と変らずの自然が保たれ環境が整備されておりました。その後

1925.mの車山高原の山頂までリフトを乗り継いで登って参りました。山頂を吹く風は涼しく。視界は四方八方快晴で富士山から槍ヶ岳まで望め気分一新と言ったところでした。

午後は、富士見高原のゆり里を訪ねてきました。一部散り始めていましたが、今が見頃の咲きようでした。白樺ゆり園・ロマンス園・展望ゆり園・それぞれ趣があり目の保養をして参りました。高原とは言え、車山高原の山頂とは雲泥の差・甲府盆地と差のない暑さには参りました。

写真も撮ってきましたが、整理が追いつきません。今見頃のゆりの里の動画を掲載しますので。ご覧下さい。随時23回に分けて掲載予定す。

0 コメント

小鳥のおじさん

今月71日は山梨日日新聞が出来てから140年の記念日だそうです。それを記念して「山梨生まれ」を誇る 特集「MADE IN 山梨」が28頁の特集を組んでありました。その中から、長坂与一君が「温かみある甲州弁」を読んで、自分の体験を踏まえた感想を掲示板に投稿してくれました。(謝って消去したため今は掲示板には有りません)

私はその紙面の「野口賞」を受賞された中村司氏(渡り鳥の行動を解明・国際鳥学会の名誉会長)の記事を読んで甲府西中時代の遠足が思いだされてきました。その当時「小鳥のおじさん」で有名な中村幸雄さんのことで、それは2年続けて遠足のバスに乗り込み鳥の説明を受けたことです。同期のK君・N君・亡き画家だったY君も一緒行きました。

その方が今回受賞された中村司先生のお父様です(親子二代続けて鳥類の研究家ですね)。

「小鳥のおじさん」は御坂峠の入り口付近の、大スギで有名な「桧峰神社」のあたりに来るとここで、「ブッポウソウ、ブッポウソウと鳴くのがコノハズクであって仏法僧と呼ばれる鳥とは違うのだということを徹夜をして突き止めたのは私だ」と自慢げに話されたことを思い出しました。もう、60年も前の話です。ちなみにバス15台を連ねて河口湖へ行った時の話です。その中の一台に乗ってくれたのです。クラスの集合写真も下段に掲載・見ましたが「小鳥のおじさんは写っていませでした。

 

甲府西中1年13組 河口湖畔 

写真クリックすると拡大します

続きを読む 0 コメント

一高祭

画像はクリックすると拡大します。

昨6月23日一高の学園祭に50年振りくらいに行ってきました。、卒業したては、何回か行った記憶があるのですが、昔とは様変わりで、露天・部展示のほかにクラス毎の企画にクラス対抗の意識が表れていました。今年のテーマは「puzzle]難しいですが、「全員の力で困難から完成させる。」事のようです。

他校からも沢山来ていて若さむんむん。小生も若さをもらってきました。

2 コメント

90歳のお客様

今日仕事で身延の90歳貴夫人(なんて言っていいかわからない、確りしているおばあちゃん・奥様)に会ってきました。一応一人暮らし(子供がかなりの頻度で泊まりにくるようです。)

2階への上り下りは元気はつらつそのもの。料理はお手の物。

びっくりしたのは月に3冊漢字のクロスワードの雑誌を完成させていらっしゃるとのこと。過去には当選して、賞金3万円を2回も当てたそうです。

呆け防止とのこと。生きがいだそうです。

私もチラッとみましたがお手上げです。皆さんの中にもやっている方いますか。

皆さんの生きがい・・・・・コメント下さい。

ちなみに私の生きがい、取りあえず、このホームページ交流が盛んになるよう努力することです。田中邦司

0 コメント

雨宮秀 ハーモニカ演奏

山紫会の事務局を担当するようになり、4年が過ぎました。

 この間、会員の皆様にはいろいろとご協力をいただきましてありがとうございます。

 この5月に田中氏を事務局へ引き込み、HPの立ち上げを依頼しましたところ、早速、

なかなか素敵なものを作っていただき、山紫会もますます楽しくなってきました。

今後とも皆様のご協力をよろしくお願いいたします。

 さて、私の個人的な近況ですが、趣味の世界が種々ありまして、今回は、その内の一つ

「ハーモニカ演奏」について御紹介します。

 ハーモニカは中学生のころに自己流で吹いていましたが、3年ほど前に基礎からの指導を

受ける機会に恵まれて、山梨県ハーモニカ協議会傘下の「さくらハーモニカクラブ」へ入会しました。

 主として年1回の合同コンサートと10回程度の福祉施設等へのボランティア演奏のために、週2回の

練習を行っています。最近は、自宅で独奏曲の練習も行っており、そのうちに山紫会の懇親会や旅行などで

御披露出来るようになればと思っています。「乞う、御期待 !

1 コメント

  昨年9月16日東京山紫会 関連写真 ギャラリーに掲載

依田逸夫君のブログより  同期会 喧嘩辰

昨日は高校の同期会『山紫会』があった。
二年おきに在京を中心にした昭和34年県立甲府一高卒業生が集まる。
同期は全部で520名ほどいたが、今回の参加者は60数名だった。
70~71歳の元高校生が一割強も集まる事が出来るのは素晴らしいことだ。
『山紫会』と言うネーミングも良い・・・34にかけているだけでなく、山の国甲斐と特産の葡萄の紫である。
今回の企画は『はとバス』貸切バスツアーで、先ずは『フーテンの寅さん』ゆかりの柴又帝釈天に参拝し、オープン間近のスカイツリーを見放題。
それから池袋のプラネタリューム『満天』にて宇宙のたびを体験し新宿に出て懇親会。12時~8時までの内容の濃いプログラムだった。
参加申込は6月にしたが、シアトルから帰っての時差ボケが治らない。
体調が今ひとつだったが、小千谷のY君も参加し、マドンナさんは池袋から、府中のY君、経堂のO君は懇親会には間に合うように来るといっていた。
特に心配なのは途中のトイレだったが、同年の男なら皆同じような悩みを抱えているに違いないと、腹をくくって参加する事にした。
はとバスは定時に出発し、先ずはパック入りのオムスビとボトルのお茶が配られた。
隣の席は高三の時に同じクラスだった横浜在住のT君だった。彼とは実に卒業以来の再会だった・・・40年振りである。よくしたもので、5分もしたらすぐに40年前にタイムスリップする事ができた。バスは高速に乗ったが渋滞にはまってしまった。でも、よき時代を共にした同期生との会話は時を忘れさせてくれた。


と、後ろの席にいたW君が、「山紫会の寅はヨダだろうな・・・」と言い出した・・・

一瞬、こいつ何を言い出すのやらと思った。確かに、厳つい顔で寅に似てなくもない。けれど、それだけの理由で寅さんになぞらえられるわけもないはずだ。
「何故」と聞いてみた。「いつも寅のように定めなくフラフラしているからな」
と答えた。そういえば我が人生、定めなく見果てぬ夢を追ってばかりだったナァ。
寅さんになぞらえられるなど光栄なことかもしれない。
出発から1時間半かかかって柴又に着いた。柴又での滞在時間は30分とのこと。先ずは駐車場のトイレに駆け込んだ。
それから人ごみの参道を歩いて帝釈天に行って帰るだけとなってしまったが、『男はつらいよ』の場面が蘇ってきた。49作の中で最もすきなのは第一作。
フーテンの寅のすべてが詰まっている。寅の見果てぬ恋の始まりである
第一作のマドンナ題経寺(帝釈天)のお嬢さん冬子である。
演ずるは当時新派の女優だった光本幸子。
人通りの絶えた帝釈天の参道を北島三郎歌う『喧嘩辰』の一節をほろ酔いの冬子が口ずさむ『殺したいたいほどほれてはいたが』寅は冬子をたしなめる。
そして、二人は寺にたどり着き、冬子が門へと入っていく。
寅は持ってあげていたハンドバッグを渡すと門からお嬢さんの手だけ伸びて寅の指と触れ合う。
そして、冬子が喧嘩辰の続きのフレーズを歌う。『指もふれずに別れたぜ』
実際には手は触れ合って寅はにぎられた指を見つめる。
そのときの寅の至福の表情が秀逸である。
寅は舞い上がって、参道を同じフレーズを大声を出しながら『とらや』へと帰っていく。実らぬ恋を思わせて、見るものの胸へと切なく迫ってくる。
女とは何と残酷なことをするものか・・・

もう一度、山紫会の寅も・・・
『殺したいほどほれてはいたが指も触れずに別れたぜ・・・とくら』

確かに私の青春は寅そのものではないか

 

***********************************